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霊感治療

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霊感治療

少しわかりづらいことをやっているという自覚は以前から少なからずあったので、少し自分のことを説明してみたいという気持ちもあって、ウェブサイトをできるだけ更新するようにしていました。
が、できたものはそれこそ「わかりづらい文章」の代表みたいなもので、文才のない人間がこういうことをするのは大変なことなのだなと最近特に痛感しています。

そんなわかりづらい人間のわかりづらい所行と説明は、きっといつか意図しない噂を呼ぶだろうと思っていました。
ある程度覚悟はしていましたが、実際に「こんな噂が流れているよ」と聞かされると、人間というのはやはりびっくりしてしまうようです。

先日お世話になった先生から「越田君、みんなの間で霊感治療をしているって噂になっているよ」と耳打ちされました。
やましいことをしているとか、嘘をついてクライアントをだましているなどは一切無いので恥じ入る必要も小さくなることもありません。
しかし、やはり「得体の知れない怪しいやつ」と思われているような、妙な居心地の悪さを感じてしまったのも事実です。

そもそも「霊感」の定義がいまいちわからないのですが、まあこの場合は“怪しげな”と言うことの総称だろうと思われます。
あるいは通常感知できないエリアの存在を、人間の生死と結びつけて説明した理論体系であり、これに解析不能な世界観をセットにしたもの、と言うふうに考えると概ね当たっているでしょう。
勿論それが良いか悪いかの判断をしようとしているのではありません。
またそれが役に立つか立たないかを議論するつもりも全くないのです。

よくお読みいただければおわかりになっていただけると思うのですが、当サイトのどこにも、霊感あるいは霊を直接言及した記述はありません。
“よくわからないがこういうものだと私は考える”と言う意味で、それっぽい問題を解説しているページはあっても、です。

また当サイトにおいて“そう見える”記述は、実際に自分の経験に基づいたものであり、少なくともその時点で記述したように考え、その方向で治良を行った結果、明らかに効果や変化があったものでした。
同じ症状、同じ1次解析が同じ原因にたどり着くとは限らないので、全てが「霊感関係」で説明がつかないのは言うまでもありませんが。

このような“誤解”を招く原因の一つとして、遠隔治良に対する説明のつたなさがあるのは間違いなさそうです。
他の方が行っている遠隔操作については詳しくはわかりません。
それを批判するつもりも毛頭ありません。

当院で行う遠隔治良は霊感を働かせる必要、少なくとも私がそのように意識しなければならないもの、は無く、自分でそれを働かせようと思ったこともありません。
念の集中も、私が理解する範囲では行っておりません。
元来がきわめて信仰心の薄い人間ですから、特定の考えに帰依して超自然的存在の力を借りる、などという、私にできるはずもないことをしたことも勿論一度もありません。
亡くなった両親をはじめとした、代々血縁者に頼み込むなどと言うことは最近は考えたことすらありません。
だからといってそれらの存在を否定するというものでもなく、要するにどうしたら一番治良効果が出るのかを考えた末の結果が、現在の治良であり遠隔操作であるというわけです。

しかし一方では以前に「信仰という心理状態が治良には必要」とも書いています。
これもあえて重複させて書きますが、治癒現象というのは大半が私たちの知見で定義できる、その範囲外でおきている可能性があることから、そこをこちらから利用するためには「治そうと思わず治癒反応そのものは“誰かに”任せる必要がある」と考えるからです。
その最も手っ取り早い実践方法が信仰なのだろうと、現時点では結論づけています。

先生は「越田君、あなたが治すのではなく、仏様が治してくださっているのですよ」とおっしゃっておられたのですが、今更ながらに真意(あるいはその一部)を理解できた、のだろうとおぼろげながら考えます。
私たちに日本人にとってなじみの深い仏教を通して諭してくださっていたのに、それを理解するまでに20年近くかかってしまいました。
全くみっともない話ではあります。

で、現在の私はと言えば、相変わらず信仰心というものから最も遠く、信仰抜きでその心理状態を実現するために日々四苦八苦しているのです。
自分でも時間の無駄だとは思います。

とにもかくにももう一度ここに宣言をいたします。

「私は(世間一般で理解されているような)霊感治療はしておらず、これからもそのつもりはない」と言うことを。

またそのように見える記述があった場合は、単に私の文章力が未熟であることがその原因で、クライアントやウェブサイト閲覧をしてくれている人たちに無用の圧力をかけるためのものでは決してありません。
当然これからも霊感や霊感治療については運用も批判もするつもりはありません。
そもそもよく理解できないものを運用、批判したりはできません。

私が行うのは今までもこれからもチューニング(調律)であり、人間というオープンシステムが最良の効率で働けるようにするための手段のひとつです。
ただしそのためには利用可能なロジック、方法論は可能な限り勉強して取り入れてゆくつもりです。
それがたとえ一般化不能であっても、万人の理解を得られなくても、です。

越田治良院はそういうふうに成り立っており、これからもそうあるべきだと考えています。

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