間接法
間接法
以前ご紹介した方法論の中にオステオパシーがあります。
19世紀後半にアメリカで考案されたとされる徒手矯正を中心とした治療法です。
現在のアメリカでは独自の立ち位置を形成しており、その教育レベルも相当高いものだと聞きます。
流派(といっても良いとも思いますが)も多数ありますが、私が主に学んだのはアプレジャーという、内科医からオステオパスに転身した人の本からでした。
元々あまり触覚が敏感とは言いがたかった私ですが、何故かクレニオパシー(頭蓋矯正)と呼ばれる分野とは相性が良く、筋肉の変化よりも頭の動き(と思われる)の変化に理解が進んでいました。
そんな私はアプレジャーの本を読んで一発で虜になり、初版である「頭蓋仙骨療法」はぼろぼろになるまで読みました。
今思うとずいぶん強引な解釈もたくさんありますが、現在の私の治良を形作る大きな背景となっているのは間違いありません。
その中、巻末にいくつかの論文を含む文献が載っており、その中に「ストレイン・カウンターストレイン」という治療法の紹介がありました。
大雑把ですが説明するなら
「楽な体位、肢位を見つけてそのまま放置」
というものです。
「それなら寝ているのが一番ではないのか?」と思われるかもしれません。
しかしながら実際はどのような体勢をとっても辛いケースは少なくなく、絶え間ない痛みが襲ってくる場合があります。
そんなキツイ状況に対して(偶然発見されたと書いてありますが)生み出された対処法の一つが、カウンターストレインというアプローチです。
これは「間接法」に分類可能かな、と個人的には考えています。
極端な例ですが、右へ曲がっているものを左に矯正するのが直接(direct)法とするなら、右いっぱいに寄せておいて復元力が最大限に発揮されるのを期待するのが間接(indirect)法、というところでしょうか。
仕事柄ちょっといいづらいお話なのですが、最近ひどい腰痛を経験しました。
しかしよくよく落ち着いて状況症状を観察してみるに、どうやら内外の腹斜筋に大きな問題を抱えていることがわかりました。
これは体の側屈、前屈、回旋を司る筋肉で、中年以後は意識して鍛えないとなかなか筋力を維持するのが難しい部位でもあります。
さて場所がわかればあとは普通に治良すればOK、と思ったのですがこれがなかなか解消しません。
更に良く観察してみると、右内腹斜筋起始部外側(前腸骨棘付近)に伸展障害があります。
右回旋、右側屈、前屈時に強烈な痛みがでます。
これでは治良に差し支えかねません。
この機会に色々試してみたいものの、やはり知らないあるいは納得していない方法では効果があるとは思えません。
というわけで昔良く使った「カウンターストレイン」に頼ってみることにしました。
はたして一回でほぼ問題のないレベルまで落ち着きました。
具体的には
・仰向け
・右股関節と膝を曲げた状態で開く(開排位)
・上半身をやや側屈する形で軽く起き上がるように力を入れる
私の内腹斜筋が最もリラックスする体勢を探った結果ですが、しばらくすると臀部のあたりに温かい感触が生まれ、軽く発汗が始まりました。
それがすんで立ってみてチェックしたところ、右腸骨付近にあった緊張が感じられなくなりました。
「おお、すごいなこれ」と今更ながらに感激したのですが、どうしてこうなったのかを改めて考えてみました。
まず今回の痛みの発端になった筋肉の損傷ですが、その直前に行った筋トレが原因であるようでした。
正確にはその中で行った側腹筋、中臀筋を鍛えるトレーニング中「うっ!」となる場面があって、それ以来違和感が強くなっていました。
つまり外傷性に近い問題を内腹斜筋に抱えてしまったと考えられます。
これが通常の治良が効きづらく(治良は直接的な損傷に対しては即効性という点で効果が比較的薄い傾向がある)、かつカウンターストレインが有効だった理由となっていたようでした。
さて私の経験はこれくらいにして、カウンターストレインという方法はどのようなメカニズムで効果をあらわすのでしょうか。
様々な仮説が立てられていますが、私のケースを例にとって極めて狭い範囲の解釈ですがメカニズムを考察してみます。
一つの筋肉を一つユニットとして考えた時、その収縮と伸長をコントロールしているセンサーは、筋肉と腱の中に存在する。
筋肉の中には筋紡錘(核袋線維と核鎖線維)があり、筋肉が伸張された時に損傷を防ぐために興奮し、アルファ運動ニューロンを刺激する。
結果、過伸展を防ぐ反射が形成される。
対して腱紡錘は筋の過剰収縮/伸長や腱の引き伸ばしによって生じる負荷がトリガーとなり、収縮反射を抑制する形で反射弓に作用する。
ちなみに腱反射テストは腱を叩くことによって生じる筋伸張、ひいてはその先にある筋繊維断裂を防ぐように起きる筋肉の収縮である。
さて本ケースにおいては腹斜筋の過剰収縮を強要した結果、おそらくではあるが腱ないしは起始付着部に機械的な引き伸ばしが起きたと思われる。
この影響で腱本体が収縮し、内部のセンサーはその感受性が落ちている状態であったと推測される。
これが招く帰結として、腹斜筋の過剰収縮を抑制するための制御ループが部分的な制限を受けたはずである。
これにより筋肉の過剰収縮が頻繁に起き、カルシウムの過剰な流入を始めとした筋繊維の損傷が形成されたと推測するのは決して絵空事ではない。
これに対してある種の間接法は
損傷>>興奮>>抵抗>>損傷の加速・・・という負のループをカットするように働いたはずだ。
痛みが最も少なく、かつリラックスが得られる体位は、制御系も適切な状態にある。
このケースで言えば腱紡錘の興奮を最小限にし、かつ筋肉の過剰収縮(ないしは絶え間なスパスム)が必要ない状態といえる。
それは同時に異常とはいえ最も筋や腱の収縮したがっている方向であり、それを超えた先にある安定位でもある。
このリラックスは筋の過剰収縮を抑制し、腱にも機械的な負荷を強要しない。
結果、損傷回復のきっかけとなり、正常な状態を目指しシステムが歩調を揃え始める。
痛みの回復プロセスにあったメカニズムはおそらくこういったものであったはずだ。
予想外の出来事で改めて人体に対する考察を行えたのは僥倖でした。
ただし出来うるならばもうあの痛みはかんべんして欲しいのものです(笑)。