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生き続ける理由

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生き続ける理由

このサイトで何度か書いたことですが、「死から遠ざかろうとした結果生きている」が私たちを生存させ続ける原動力となっている。
この基本的な考え方には未だ変更はありません。

ただその原動力を発生させている大元は何かという点についてははっきりせず、現状私にとっての説得力がもっとも強い「お話」はこれだろうと考えています。

一方でこの考え方には現実とつじつまの合わないことも多く、その中の一つに「報酬系の興奮のためには死をも厭わないことがある」という事実があります。
報酬系とはドーパミン作動性の神経系で、所謂「脳のご褒美」とも言える興奮を引き起こし、私たちのモチベーションの源になっている(コトが多い)システムを指します。
一つの例を挙げるならば、覚醒剤の摂取は(生物学的にも社会的にも)生存する上で非常に不利になると“理解している”にもかかわらず、それがもたらす「報酬系の興奮=快感」は差し迫る死の予感をはねのける欲求を私たちの内部に生み出します。

一体これは何なのか。

第一義が「生物としての死を避ける」は(多分、おそらく)妥当であろうと考えますが、これと脳という臓器の問題を同列に考えていたことに問題があったのでは無いか。
そのように思い至りました。

死を避けるという「生物が本来持っている方向性」は、人間の脳という特殊な発達をしてきた臓器に次のような“設定”を作り出します。
それは基本的に私たちが「脳内物語」の世界でしか生きることが出来ないがゆえの性質と合いまってのことですが、

・できる限り脳内が安定するようにすること

です。

脳という臓器は高度な制御を常時行うように仕向けられていますが、その主役である神経細胞は極めて疲労しやすく、耐久性も低いことがわかっています。
神経細胞は絶え間なく発火を繰り返していますが、その頻度や強度を下げるため単独の領域よりもできるだけ広いネットワーク、あるいはサーキット上で機能しようとすることも理論上推測が成されています。
また五感覚から入力された「外界の記録」をデータバンクの「記憶」とリンクさせ、意味づけし変容させた「記憶」としてネットワークに加える。
これによって生存上有利になるような先読み、予測を常に行えるようネットワークを整備(刺激に対する優先度を決めておく)し、成功体験に応じて報酬系の反応を配分連動させるよう、可塑性による“変形”を素早く行う。

これはいわば行政が道路を整備しておくことに似ています。
国の基本政策(体で言えば生命の存続という至上命令)に沿って、必要度の高いものから整備を行う。
もっともよく使う路線は道幅を広く、カーブを緩く、渋滞が起きづらいようにインフォメーションを適切に流し、予算も流れ込みやすく必要に応じて補修を繰り返すのでさらに使いやすくなる。
一般道はそれなりに。
脇道や私道はできるだけ予算を割かないようにする。

こうすることによっていつも使われる、あるいは使いやすいサーキットはますます生理的なリソースが集中し、結果的に意識現象も生じやすくなり、さらに報酬系が連動するが故に積極的に使う理由も生まれます。
ここは意識現象が生じやすく、普段の「意識の座」となり、新しいデータを意味のある情報として他の記憶によって修飾させるのが容易になります。
結果、ますます巨大なサーキット、ネットワークの中心となり、そこに生理現象の集中(=意識の発生)をさせることが当たり前になってきて、自我というイメージが出来上がると考えられます。

さて「中央政府」のようなサーキットやそのネットワークが出来上がったわけですが、脳においてもできるだけ過去につけた道筋通りのことをしたがるのは変わりが無く、その当たりは高度に成熟した日本と似ています。
ただしこれは神経細胞そのものに「面倒は避けよう」という意志があるわけではもちろん無く、シナプス発火を促す圧力が生じた場合、自然な流れとして「抵抗の少ない方へ向かう」ためなのです。
複数の流路がある場所に上手から水を流すと、流れやすい方へ水が流れる。
基本的にはこれと同じ事が脳内/シナプス間でも起きると考えられるからです。

この流路である大きなあるいはよく使うサーキット、ネットワークの使用は、他のサーキット場にあるシナプスを使うよりも遥に「効率的」で、これを使うことがリソースやエネルギー
の節約になるという状況が生まれてきます。
つまり内部に発生するエネルギーが低い(=安定)状態で、全体として整合性が保ちやすくなります。

では上に書いた「死をも厭わない程に欲する快感」とは、この前提下でどのように理解すべきなのでしょうか。

もっとも蓋然性の高い考え方は、あらゆる現状が整合性を失い、極めて強い刺激によって新たな秩序を作り出す必要性に駆られた結果、報酬系を今まで以上あるいは極限まで興奮させて、内部の混乱を抑えようとする方向性がもたらされた。
つまりかりそめの整合性をもたらす刺激として快感が動員された。
そのようになるのではないかと考えました。

改めてまとめると

・生命は死を避けるように方向付けられ生み出された
・それが脳という特殊な臓器によってさらに推進された
・一方で脳は死を避けるという圧力によって独自の進化を遂げた
・それは「脳自体の保護を優先させる」という方向性だった
・その中の一つが「脳内安定性=記憶サーキットの整合性」維持である

となります。

これは少し飛躍するかも知れませんが、基本命令と脳の下す命令は少しずつずれてきているような気がします。
脳が別の生き物に進化しつつある。
それは少し言い過ぎかも知れませんが、少なくとも生物としての反応反射と脳内で生まれた「心の方向性」は、別々に論じる必要があると思えるようになりました。
それはイコール治良という少し変わった方法論に問題提起や問題解決のきっかけを作ってくれました。

これが正解。
過去にそう思っていた答えがまた微分され、再構成を余儀なくされていますが、また一歩理想に近づけるような気がしてうれしく思っています。

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